全滅家族

幼い頃、自宅を走り回っていて、ビックリマンシールがこれでもかと貼られた箪笥の角や、途中からミリ単位でしか刻まれていない柱などに激突、うずくまり、悶絶、ギャン泣きしていると、どこからともなくおかあさんがやってきて、私が押さえている部分に手を当ててくれた。

その手の平はじんわりと温かく、すうっと痛みが引いてきて、すごいなぁ、おかあさんはきっと魔法使いなんだ、と幼心に感動した記憶があるのだが、おそらく同じぐらいのタイミングでおかあさんサイドも、ひょっとするとマジで才能っつーの?人知を超えた超能力、ハンドパワー、シックスセンス的なものがあるんじゃないかと、調子に乗ってしまった可能性が否めず、なぜそのようなことを思ったのかというと、久しぶりに実家へ帰省した際に、おかあさんがお米に対して手をかざし、なにやらぶつぶつ言っているのを目撃してしまったからである。

おかあさんはそのお米を私に差し出して、さあ持って帰りよし、古い腐りかけのノーブランドのクソまずいお米をコシヒカリの新米クラスまでもっていったぞ、的なニュアンスのことを言うものだから、私は素直に、純粋に、ピュアっピュアに、オカンすげぇなと言い、その古い腐りかけのノーブランドのクソまずいお米a.k.a.コシヒカリ新米クラスを肩に担いで帰宅、妻におかあさんの凄さを伝え、自宅の米びつからミルキークイーンを掻き出し、古い腐りかけのノーブランドのクソまずいお米a.k.a.コシヒカリ新米クラスと入れ替えたのだった。

翌晩、私と妻、椅子の上に立った娘の三人に見守られながら、土鍋の蓋が開き、炊きたての古い腐りかけのノーブランドのクソまずいお米a.k.a.コシヒカリ新米クラスが姿を現わすと、我々は互いの顔を見合わせながら、再び土鍋に目をやった。

寝ている、ひとつぶひとつぶが整然と、役所の事務室のように生気なく、寝ている。いや、なんかもうむしろ倒れている、きっとクララやジョーが見たら激怒するんじゃないかと、それぐらい立っていない。しかしまあちょっと生気が無くても、こう、内に秘めた熱い思いみたいな、普段あまり喋らない後輩が、実はすごく熱いソウルを持っていた、みたいな、そっちのパターンかもしれないし、この時点で判断するのは時期尚早ですよ奥さん、とにかくおにぎりにでもしてみましょう、と、我々は手をボウルに浸し、三人でおにぎりを拵えようとしたのだが、寝ているからなのか、それとも全体的に協調性に欠けているのか、ひとつぶ同士が、こう、グッとしないのである。グッとはしない癖に、両の手にはすがりつくような醜態を晒すものだから、仕方がない、我々はおにぎりを諦め、箸でひとすくい、それを口に入れ何度か咀嚼、静かに箸を置いた。

翌朝、残ったお米を返却するために再び実家へ帰ってきた私はギッと玄関を開けた。階段を登り、リビングのドアを開けると、おかあさんはおとうさんの腰に手をかざして、おかえりも言わずぶつぶつ言っていた。

ああ、おかあさんは魔法が使えなくなったわけじゃないんだ、だっておとうさんは会社と馬が合わなくて独立したみたいに言ってたけど、それはきっと昨日のお米みたいに魔法がかかっていただけなんだ、協調性がなくなって、他のお米とくっつくことができず、休日は寝ているだけになってしまったのも、ちゃんと理由があったんだ。

私は静かにお米を置いた。

昔どこかでぶつけたアザが、こちらを見ていた。

 

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いきなりカフェ

「これの20Wのやつ買ってきて」

ファミリーレストランでランチを済ませ、オニオンソースをほっぺに付けたまま帰社、デスクに座りYouTubeでUFO動画を見ている時、棒状の電球を差し出しながら上司が言った。

基本的に『はい』か『イエス』しか選択肢を持たない徹底的にカルチベートされた社畜の私は、すぐさまライトなバンに乗り込み、近所のホームセンターを目指したのである。

アクセルローズとスラッシュが一緒に演るなんて、余程お金に困っているのだろうか。FMラジオを聴きながらハイウェイを走ること10分、ホームセンターに到着した私は軍手の値段などを確認しつつ店内を闊歩、電球売り場を発見、ズイッと歩み寄りこの目を疑った。

おもてたんとちゃう…私はデジタルや電気系に圧倒的に弱かった。にも関わらず、はっ、たかが電球、楽勝楽勝、恐れるものなど何もないと、実物も持たずに軽快に事務所を飛び出してきたのだった。しかし現実、目の前に広がる光景は様々な大きさ、色、かたちの電球、それらが煌々と光を放って、私の軽率な行動から伸びてきた浅ましい影を色濃くしていたのである。しかしここで諦めるわけにはいかない。おめおめと帰るわけにはいかない。たとえ親族が死のうと任務を遂行、そうそれが社畜の流儀。

私が記憶してきた情報はふたつ。電球の寸法が私の中指から肘までと同等であること、上司から渡された電球には10Wと書かれていたこと、そのふたつだった。

まずはこの忌々しく輝く照明群の中から同じ寸法のものを探さなくてはならない。目の前の問題をひとつずつ解決していきましょう。そうひとりつぶやいて、右手の中指をピンと張り、肘を直角に曲げて棚に揃えられた電球に押し付けていた。その様子は、人々を切る鋭利さを内に秘めながらも人々の冷え切った心を照らし、誰からも愛されるカリスマ的無機物に対して己の手刀のみで喧嘩を売るカミサマ気取りの有機物、顔がキモくて服がダサい、学歴と年収と身長が等しく低いデコ助野郎であり、後ろを通る他のお客さまの視線が割れたガラスのように鋭角に飛んできて、せまい背中に刺さった。

我慢である。私の任務は電球を買うこと。今に集中。と自身に言い聞かせ、手刀を繰り出すこと約五分、なんと、数ある電球の中から二種類を選ぶことに成功したのである。

手に持った同じ長さの二本を見比べると電球色、昼白色という違い。困った。どちらが正解なのか皆目見当もつかない。しかし私のような三低のデコ助野郎が三十二年間なんとか健康に生きてこれたのも、直感力、インスピレーション、そこらへんがバンバン優れていたからであり、ここでもまさにその直観力、インスピレーションが冴え渡り、ほとばしり、無数の龍となり天空を駆け巡ったのである。

つまり私はジャケットの配色を見ただけで気がついたのである。電球色はなんだか橙色で暖かみがあるのに対して、昼白色は爽やかな白で清潔感が溢れていること、そうこの二種類は色が違う。明白、釈然に歴然、言わずもがなクリア。

そして私はさらに深く考察、通常の企業の事務所といえば確実に昼白色である。しかし弊社は親族経営に近いアットホームな会社であり、長年の経験からはじき出した統計からも他の同業者と比較しても圧倒的にオシャレ、駐車場にフィアットとかビアンキのチャリが停めてある感じ。ここはひとつ気をきかせ、弊社にカフェ的空間を演出する為に、電球色を選んだ方が私の評価が鰻や鯉になり、やがて角が生え、龍みたいな感じになって肩から右に向かって飛んでいくであろうことが楽勝で予測できたので、昼白色をそっと棚に戻したのである。

そして選び抜かれた一本、そのジャケットを見ていると10Wと表記されている。これは上司に頼まれた20Wではない。20Wの電球も目の前にあるにはあるのだが、長さが圧倒的に違う。なんかもう倍ぐらいの長さ。

しかし、ここでも私の直観力が閃光のように輝き、龍となり天空を駆けていく。おそらくWという表記は『ワイド』を表す。なんというかこう、グーンとした感じを表す記号であり、一般的に事務所に設置されている照明などはおそらく20ワイド、そして上司は過去に丁稚、下っ端、平社員として焼きそばパンや事務所の照明を買いに行った経験があり、頭の片隅に20ワイドというワードが残っていて、その結果、私に10ワイドの電球を差し出しながら20ワイドを買ってこいという間違った指示、ヒューマンエラー、凡ミスを犯したのである。

大丈夫ですよ。あなたの部下は確実に育っていますよ。

レジで支払いを済ませ、ライトなバンに乗り込み、うわぁものすごく褒められたりするかも。少し給料が上がったりするかも。と妄想、溢れる笑み、抑えきれぬスピード、周りの景色を線状に変えながら帰社。バタバタと階段を登り、買って参りました!とアピール。上司にパイプ椅子を抑えてもらいながら、電球、これをセットしたのである。

二人で少し離れた電源まで行き、声を合わせてスイッチオン。すると、なんということでしょう!そこに現れたのは周りの業務的な白い光から完全に浮いた暖かい光。匠の心遣い。いきなり現れたカフェ的空間。

交換の為ホームセンターへ向かう車内で、私は直感的にこう思った。

しばらく給料は平行線であると。

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冬化粧

年々体の衰えを感じている。

30歳を過ぎた頃から視力の低下、階段の昇り降りによる動悸&息切れ、10個程度のカラーコーンを持ち上げただけでぎっくり腰、ついにはお風呂での潜水タイムが60秒を切ってしまった。 しかし上記に挙げたいくつかの事などほんの些細な事に感じてしまうほど、あるひとつの事が私を悩ませており、これが本当に辛くて悲しくて、心のオーケストラがハ短調の曲ばかり演奏する日々が続いており、それが何なのか説明すると、『お肌の乾燥』なのである。

その乾燥具合は毎年150万ヘクタールで拡大しているサハラ砂漠よりも深刻と思われ、肘、膝のような皮膚の薄い部位から順に二の腕から手首にかけて、太腿の全面から脛、踝、踵、ついにはほっぺまでが侵食され、黒色の化繊の肌着など纏おうものなら、粉状になった皮膚が付着して、揚げる前の天ぷらのようになってしまい、もはや人間か粉モンかで言うと、完全に粉モン、粉モンスターと化していて、このような状態で繁華街などへ繰り出せば、道行く人々に指差され、やれお好み焼きだ、やれハードパンだと罵られ、迫害され、頭から細いマヨネーズをかけられたり、マーガリンを丁寧に塗られたりするであろう事が明白なので、ここ何年かは怖くて外出することが出来ずに、六畳和室の片隅で体育座りをしている。

人前に出なければ粉モンスターだと気づかれる心配もなく、なんならお風呂から出た瞬間、まるで珪藻土バスマットのように皮膚が水分を吸ってくれるので、大きなバスタオルが必要なくなったりと粉モンスターもデメリットばかりではないのであるが、30歳過ぎた既婚の男がいつまでも和室の片隅で呪詛の言葉をつぶやきながら引き篭もっているわけにもいかず、新年会、娘の習い事の発表会、ユニクロのセールなどに参加、参列する為にこの忌々しいお肌をなんとかしようと、上着のフードを深く被り、バンクシーのような格好で最寄りの薬局へ行き、ジバンシーの棚を軽やかに超え、『肌水』を購入、素早くライトなバンに乗り込み、逃げるように帰宅、全裸になってこれらを肌に塗布してみたのである。

しかし、人間がサハラ砂漠の拡大を止められないのと同様に、『肌水』程度では私の粉モンスター化を止めることが出来なくて、痒いよお、痒いよお、とリビングで生ける屍と化し、這い蹲って前進、大音量でマリリンマンソンを流し、そのビートに合わせて皮膚の粉を撒き散らしながら蠢いていたところ、見かねた妻が、娘が散らかしたレゴブロックの撒きビシを蹴散らし、テレビ台の下の棚から妊婦として御活躍されていた頃に病院から処方されたステロイド配合の塗り薬を発見、これを私にプレゼントしてくれたのである。

嬉しいなぁ、なんて素晴らしい妻なんだろう。手渡す際に「今年の誕生日プレゼントです。」と言われた事を差し引いたとしても、本当に良くできた妻であり、深く感動、私はその塗り薬のキャップを開き、足首に塗布してみたのである。

すると、すーすーするのである。とてもすーすーするのである。 そのすーすーが気持ち良く、更には痒みが引いてきて、肌がうるるっとしているので、なんだこれは魔法か。塗ってくれ!背中に!もっと、もっとだ!と服を脱ぎ捨て、四つん這いになって禁断症状が出たヤク中の様に妻に懇願。妻が手にとった塗り薬を肌に塗布する度にアピャーン!と奇声を発しながら、私はオーガズムに達した。

しかし全身への塗布が終わり、妻が布団に入った頃に気がついたのである。 寒い。猛烈に寒い。すーすーが半端ではない。 全身を襲うメンソレータム感に凍死の二文字が頭をよぎった私は体を温めるべく、娘のレゴブロックの撒きビシを蹴散らし、ガスファンヒーターの前へ四足歩行で移動、その暖かい風を浴びた瞬間、更に甲高い声でアピャーン!と鳴いた。 暖かいどころか、風が肌に当たると更に寒いのである。激烈に寒いのである。どうなっている、ここはマッターホルンか、K2東壁か。 このままでは自宅にいながら手足が壊死してしまう。一刻も早くこの忌まわしき塗り薬を洗い流さなければ、自宅で凍死した自称建設業の男性として、妻にヘッドロックをしてパクられたパクさんと並んでYahoo!のニュースに載ってしまう。風呂に湯を溜めている時間はない、すぐさま湯の温度を4℃上げ、熱いシャワーに飛び込んで、再びアピャーン! 肌に湯が当たっているにも関わらず、その体感はアイスバケツチャレンジそのものであり、新春早々の罰ゲーム。

こんなことなら粉モンスターのままの姿でよかった。人々に指差され、やれお好み焼きだ、やれハードパンだと罵られ、迫害を受けているほうが遥かにマシであった。神様、どうか私を元の姿へ、粉モンスターの姿に戻して下さい。そう祈り、ずぶ濡れのまま脱衣所へ飛び出して、ガタガタ震えながら棚からバスタオルを取ろうとしていると、眩いLEDの光と共に上から降ってきたアリエール粉洗剤。

私は見事、粉モンスターに戻ったのである。

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