いきなりカフェ

「これの20Wのやつ買ってきて」

ファミリーレストランでランチを済ませ、オニオンソースをほっぺに付けたまま帰社、デスクに座りYouTubeでUFO動画を見ている時、棒状の電球を差し出しながら上司が言った。

基本的に『はい』か『イエス』しか選択肢を持たない徹底的にカルチベートされた社畜の私は、すぐさまライトなバンに乗り込み、近所のホームセンターを目指したのである。

アクセルローズとスラッシュが一緒に演るなんて、余程お金に困っているのだろうか。FMラジオを聴きながらハイウェイを走ること10分、ホームセンターに到着した私は軍手の値段などを確認しつつ店内を闊歩、電球売り場を発見、ズイッと歩み寄りこの目を疑った。

おもてたんとちゃう…私はデジタルや電気系に圧倒的に弱かった。にも関わらず、はっ、たかが電球、楽勝楽勝、恐れるものなど何もないと、実物も持たずに軽快に事務所を飛び出してきたのだった。しかし現実、目の前に広がる光景は様々な大きさ、色、かたちの電球、それらが煌々と光を放って、私の軽率な行動から伸びてきた浅ましい影を色濃くしていたのである。しかしここで諦めるわけにはいかない。おめおめと帰るわけにはいかない。たとえ親族が死のうと任務を遂行、そうそれが社畜の流儀。

私が記憶してきた情報はふたつ。電球の寸法が私の中指から肘までと同等であること、上司から渡された電球には10Wと書かれていたこと、そのふたつだった。

まずはこの忌々しく輝く照明群の中から同じ寸法のものを探さなくてはならない。目の前の問題をひとつずつ解決していきましょう。そうひとりつぶやいて、右手の中指をピンと張り、肘を直角に曲げて棚に揃えられた電球に押し付けていた。その様子は、人々を切る鋭利さを内に秘めながらも人々の冷え切った心を照らし、誰からも愛されるカリスマ的無機物に対して己の手刀のみで喧嘩を売るカミサマ気取りの有機物、顔がキモくて服がダサい、学歴と年収と身長が等しく低いデコ助野郎であり、後ろを通る他のお客さまの視線が割れたガラスのように鋭角に飛んできて、せまい背中に刺さった。

我慢である。私の任務は電球を買うこと。今に集中。と自身に言い聞かせ、手刀を繰り出すこと約五分、なんと、数ある電球の中から二種類を選ぶことに成功したのである。

手に持った同じ長さの二本を見比べると電球色、昼白色という違い。困った。どちらが正解なのか皆目見当もつかない。しかし私のような三低のデコ助野郎が三十二年間なんとか健康に生きてこれたのも、直感力、インスピレーション、そこらへんがバンバン優れていたからであり、ここでもまさにその直観力、インスピレーションが冴え渡り、ほとばしり、無数の龍となり天空を駆け巡ったのである。

つまり私はジャケットの配色を見ただけで気がついたのである。電球色はなんだか橙色で暖かみがあるのに対して、昼白色は爽やかな白で清潔感が溢れていること、そうこの二種類は色が違う。明白、釈然に歴然、言わずもがなクリア。

そして私はさらに深く考察、通常の企業の事務所といえば確実に昼白色である。しかし弊社は親族経営に近いアットホームな会社であり、長年の経験からはじき出した統計からも他の同業者と比較しても圧倒的にオシャレ、駐車場にフィアットとかビアンキのチャリが停めてある感じ。ここはひとつ気をきかせ、弊社にカフェ的空間を演出する為に、電球色を選んだ方が私の評価が鰻や鯉になり、やがて角が生え、龍みたいな感じになって肩から右に向かって飛んでいくであろうことが楽勝で予測できたので、昼白色をそっと棚に戻したのである。

そして選び抜かれた一本、そのジャケットを見ていると10Wと表記されている。これは上司に頼まれた20Wではない。20Wの電球も目の前にあるにはあるのだが、長さが圧倒的に違う。なんかもう倍ぐらいの長さ。

しかし、ここでも私の直観力が閃光のように輝き、龍となり天空を駆けていく。おそらくWという表記は『ワイド』を表す。なんというかこう、グーンとした感じを表す記号であり、一般的に事務所に設置されている照明などはおそらく20ワイド、そして上司は過去に丁稚、下っ端、平社員として焼きそばパンや事務所の照明を買いに行った経験があり、頭の片隅に20ワイドというワードが残っていて、その結果、私に10ワイドの電球を差し出しながら20ワイドを買ってこいという間違った指示、ヒューマンエラー、凡ミスを犯したのである。

大丈夫ですよ。あなたの部下は確実に育っていますよ。

レジで支払いを済ませ、ライトなバンに乗り込み、うわぁものすごく褒められたりするかも。少し給料が上がったりするかも。と妄想、溢れる笑み、抑えきれぬスピード、周りの景色を線状に変えながら帰社。バタバタと階段を登り、買って参りました!とアピール。上司にパイプ椅子を抑えてもらいながら、電球、これをセットしたのである。

二人で少し離れた電源まで行き、声を合わせてスイッチオン。すると、なんということでしょう!そこに現れたのは周りの業務的な白い光から完全に浮いた暖かい光。匠の心遣い。いきなり現れたカフェ的空間。

交換の為ホームセンターへ向かう車内で、私は直感的にこう思った。

しばらく給料は平行線であると。

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